北欧ってどんなところ

北欧諸国の結びつき

スカンジナビア半島を中心とするエリアは、古来ヨーロッパ文明から離れた自然の多い辺境の地として、他のヨーロッパ地域とは異なり一単位として見られる傾向にありました。その結びつき共通性は言語や宗教、生活スタイルなど文化的な視点で見いだされる「北欧さしさ」にあります。


もともと厚い氷床に覆われていたこの地域に、1万年前に始まった温暖化で氷床の後退を見せ始めると、徐々に居住者が現れるようになりました。やがてヨーロッパ中南部の影響を受けながら青銅器文明が到来します。そして今日、大きく北方ゲルマン人と呼ばれる居住者たちは、ローマ帝国など様々な文化圏との接触によりルーン文字、宗教(いわゆる北欧神話と呼ばれるストーリー)など固有なものを生み出し、古ノルド語を共通言語としていました。彼らは375年におきた民族大移動の際には大きな動きをとることなく、地域的な差異はありながら非常に似通った文化・生活を共有することで、今につながる「北欧らしさ」の基礎をつくりあげていきました。


8世紀にはいると北欧に居住する北方ゲルマン人たちが、人口増加問題の解決やさらなる通商・貿易の拡大を目的として、略奪を伴う交易・入植活動を積極的に開始するようになります。一般的にヴァイキングと呼ばれる活動です。その活動はヨーロッパ大陸で中央集権が確立してくると次第に落ち着きを見せ、やがて北欧諸国でも王権による国家が生まれてきました。スウェーデンによるフィンランド遠征、併合。デンマーク主導による北欧統合などを経て北欧は中世を迎えます。

ヴァイキングってなに?

ヴァイキングとは北方ゲルマン系民族ノルマン人を指します。彼らはスカンジアビア半島を活動拠点としました。スカンジナビア半島を中心とし北ヨーロッパの地域は生活をするには、痩せた土壌と乏しい資源という氷河地形であり深い入り江(フィヨルド)、山脈と深い森、しかも寒冷な気候という厳しい条件がありました。スカンジナビア人は本来、穀物、畜産等の農場を営む生活でしたが、不足分を補うため漁業や船による交易を積極的に行うようになりました。陸移動が困難なこの地域においては群島伝いに移動可能な海は農民にとって非常に有効な回廊となったのは自然な選択だったでしょう。厳しい自然環境がスカンジナビア人を海へと向かわしたのです。豊富な森林資源は造船技術の向上に大いに貢献、多くの優れた船大工をも生み出しました。造船技術の向上は船の大型化、航行距離と速度の増大を可能とし、従来半島周辺やバルト海沿岸を交易地としていた活動範囲は大きな広がりを見せるようになりました。


ローマ帝国の衰退を引き起こしたゲルマン民族の移動が落ち着きをみせた8世紀(スカンジナビア人はゲルマン民族であったが大移動の際には際立った動きはみせていない)、気候の温暖化に伴う人口増加問題の解決やさらなる通商・貿易の拡大を目的として、略奪を伴う交易・入植活動を積極的に開始するようになります。つまり遠征で何をしたかというと豪族としての権威を高めるため遠隔地の希少品の入手、農場での不足する生活必需物資の調達、労働力としての奴隷の獲得、新規領土への入植などだったんですね。彼らはヴァイキングと呼ばれ高い航海技術と戦闘力を持ち、ヨーロッパ各地でその襲来を非常に恐れられました。


ヴァイキング活動が活発になると、スカンジナビアに点在した地主などの地域首長、有力者を長とする豪族が併合を繰り返し地域王権の強化を進めていきました。そして古ノルド語を話し、北欧神話を作った宗教を信仰するなど文化の共有を見せていたスカンジナビア人は民族国家の成立とともに現在のデンマーク、ノルウェー、スウェーデンへと大きく別れていきます。デーン人(デンマーク)とノース人(ノルウェー)は領土を得るため西へ向かいスヴェア人(スウェーデン)は通商を目的に東へ向かいました。その後中世ヨーロッパに極めて大きい影響を与えながら300年ヴァイキングの活動は続きましたが、入植後の同化が進むことでヴァイキングたちが故郷へ帰ることがなくなり、次第に遠征自体が少なくなっていきやがて活動は停止していきます。